牛肉の希少部位とは、1頭から取れる量が少ない小さな部位につけられた呼び名です。ミスジ、イチボ、カイノミ、ザブトンなどが該当します。ただしこれらの名前には、公的な定義がありません。
この記事では、公的に定められているものと、業界の慣習でしかないものを分けて扱います。日本食品標準成分表で牛肉の部位は9つに区分されていますが、ミスジもイチボもカイノミもザブトンも1件の収載がありません。名前が載っているのはランプだけです。だからネットで見かける「ミスジのカロリー」の数字には、必ず出どころの読み替えが入っています。
希少部位とは?公的な定義はない呼び名
希少部位という言葉に、法令や規格による定義はありません。何グラム以下なら希少と呼ぶ、といった基準もありません。1頭から数キロしか取れない部位を売り場や飲食店がそう呼んできた、という積み重ねだけがあります。
だからこそ、店ごとに指すものが変わります。同じ「ミスジ」でも切り出す範囲が違えば、脂の入り方も値段も変わります。買う側にできるのは、その名前が公的な区分でいうとどこにあたるのかを押さえておくことです。公的な区分は2つあり、目的が違います。
牛肉の部位は、公的には2つの物差しで分かれている
1つは流通のための規格、もう1つは栄養を示すための区分です。この2つは部位の数も切り方も一致していません。
流通の物差しは13部位
公益社団法人日本食肉格付協会の「牛部分肉取引規格」は、半丸枝肉を分割した部分肉の名称を13と定めています。ネック、かた、かたロース、かたばら、ヒレ、リブロース、サーロイン、ともばら、うちもも、しんたま、らんいち、そともも、すねの13です。
この規格は、どの骨と筋膜に沿って切るかまで文章で決めています。たとえば「ともばら」は、後肢外側の大腿筋膜張筋の前縁に沿って腸骨の前端まで切り進んで分ける、と書かれています。売り手と買い手が同じものを指せるようにするための取り決めなので、栄養の話は出てきません。
栄養の物差しは9区分
文部科学省の「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」で、牛肉は かた、かたロース、リブロース、サーロイン、ばら、もも、そともも、ランプ、ヒレ の9つに区分されています。
規格の13と比べると、ネックとすねは収載がありません。反対に規格が「うちもも」「しんたま」と分けているところを、成分表は「もも」1つにまとめています。規格の「らんいち」に対応するのが成分表の「ランプ」です。
成分表に希少部位の名前は1件もない
成分表の肉類317件を部位名で検索すると、結果ははっきりしています。
| 部位名 | 成分表の収載件数 |
|---|---|
| ミスジ | 0件 |
| イチボ | 0件 |
| カイノミ | 0件 |
| ザブトン | 0件 |
| シンシン | 0件 |
| ツラミ | 0件 |
| トモサンカク | 0件 |
| 三角バラ | 0件 |
| ランプ | 9件 |
収載があるのはランプだけです。ランプは成分表の9区分そのものなので当然で、残りは1件も出てきません。
これが意味するのは単純なことです。「ミスジは100gあたり◯kcal」と書かれた数字は、ミスジを測った値ではありません。ミスジが属する大きな区分の値を当てはめたものです。書いている側がその読み替えを明示していれば誠実ですが、書かずに断定していることも多いのが実情です。
同じ部位でも、和牛と輸入で2.42倍ちがう
読み替えた先の数字も、1つには決まりません。成分表は同じ部位を品種と脂身の扱いで細かく分けているためです。リブロースの赤肉で比べると次のようになります。
| 区分 | 和牛肉 | 乳用肥育牛肉 | 輸入牛肉 | 和牛と輸入の差 |
|---|---|---|---|---|
| リブロース 赤肉 | 395kcal | 230kcal | 163kcal | 2.42倍 |
| サーロイン 赤肉 | 294kcal | 167kcal | 127kcal | 2.31倍 |
| かた 赤肉 | 183kcal | 138kcal | 114kcal | 1.61倍 |
| もも 赤肉 | 176kcal | 130kcal | 117kcal | 1.50倍 |
| ランプ 赤肉 | 196kcal | 142kcal | 112kcal | 1.75倍 |
同じ部位の同じ赤肉でも、和牛と輸入で1.50倍から2.42倍ちがいます。さらに脂身の扱いでも変わり、和牛のかたは赤肉183kcalに対して脂身つきが258kcal、脂身だけなら692kcalです。
つまり数字は部位、品種、脂身の扱いの3つが決まって初めて出せます。希少部位はこのうち1つ目すら公的に決まっていないので、単一の値は原理的に出せません。読むときは「どの区分の値を当てはめたのか」を確認してください。
公的な規格に名前が載っている通称は4つだけ
牛部分肉取引規格の本文には、切り分けの目印として解剖学上の筋肉名とその通称が併記されている箇所があります。ここに出てくる通称だけは、公的な文書で裏づけが取れます。
| 通称 | 規格が示す実体 | 登場する場面 |
|---|---|---|
| とも三角 | 大腿筋膜張筋 | ともばらを分離する目印 |
| しきんぼう | 半腱様筋 | うちももを分離する記述 |
| まくら | 上腕筋 | かたとまえずねを分ける位置 |
| はばき | 浅趾屈筋 | そとももとともずねを分ける記述 |
店で「トモサンカク」と呼ばれるものは、この「とも三角」つまり大腿筋膜張筋にあたります。希少部位の中で、実体を公的文書までたどれる数少ない例です。
主な希少部位が枝肉のどこから取れるか
残りの部位については、規格の分割方法から位置を絞れるものと、業界の通称でしかないものに分かれます。根拠の強さを分けて並べます。
| 呼び名 | 取れる場所 | 根拠の強さ |
|---|---|---|
| トモサンカク | ともばら側の大腿筋膜張筋 | 規格本文に「とも三角」として記載 |
| イチボ | らんいち | 規格に部位名「らんいち」があるが、イチボの語はない |
| ミスジ | かた | 業界の通称。規格に記載なし |
| ザブトン | かたロース | 業界の通称。規格に記載なし |
| カイノミ | ともばら | 業界の通称。規格に記載なし |
| 三角バラ | かたばら | 業界の通称。規格に記載なし |
| シンシン | しんたま | 業界の通称。規格に記載なし |
| ツラミ | 頭部 | 枝肉に含まれず規格の13部位の対象外 |
ツラミだけは性質が違います。牛部分肉取引規格が対象にするのは半丸枝肉を分割したもので、13部位に頭部は入っていません。ツラミは頬の肉なので、この規格の外側にある部位です。成分表にも牛の頭部の収載はありません。
なおハラミとサガリは、精肉ではなく副生物に分類されます。成分表では「うし[副生物]横隔膜」として収載され、備考欄に「別名:はらみ、さがり」と書かれています。詳しくはハラミはどこの部位かとサガリとはどこの部位かで扱っています。カルビの位置づけはカルビはどこの部位かにまとめています。
希少部位を買うときに確かめる3つのこと
名前だけでは中身が決まらない以上、確かめる先は名前の外にあります。
- どの区分から切ったか。かたなのか、ともばらなのか、しんたまなのかで、脂の量が大きく変わります。店に聞けば答えられる範囲です
- 品種と産地。同じ赤肉でも和牛と輸入で1.5倍から2.4倍のカロリー差があります。値段の差も、希少さより品種で決まっている場合があります
- 脂身をどこまで落としてあるか。和牛のかたは赤肉183kcalに対し脂身つき258kcalです。写真の見た目と数値は別物です
「希少部位だから美味しい」とは限りません。希少さが指しているのは取れる量であって、味でも柔らかさでもありません。量が少ないので値段は上がりますが、上がった分が自分の好みに向いているかは別の話です。脂が苦手なら、希少部位より そともも の赤肉のほうが合うこともあります。
牛たんにも、1頭からわずかしか取れない部位があります
希少という言葉は、精肉の赤身だけの話ではありません。牛の舌も1頭に1本しかなく、その中でも根元に近い部分はさらに限られます。
舌はタン元、タン中、タン先と呼び分けられ、根元にあたるタン元がいちばん厚く、脂が乗ります。伊達のくらの厚切り大トロ牛たんは、この部分だけを厚みを保って切り出したものです。舌の部位の分け方は牛タンの部位で扱っています。
ホルモン側にも同じ考え方の部位があります。牛の大腸にあたるシマチョウのうち、壁が厚く脂の入った部分だけを使ったのが大トロホルモン焼きです。
牛肉の希少部位についてよくある質問
- 希少部位に公的な定義はありますか
- ありません。何グラム以下なら希少と呼ぶといった基準も、法令や規格による部位名の定義もありません。売り場や飲食店の慣習で使われてきた呼び名です。
- ミスジのカロリーはどのくらいですか
- 日本食品標準成分表にミスジの収載は1件もないため、ミスジを測った公的な値は存在しません。属する区分である「かた」の値を当てはめると、赤肉100gあたり和牛183kcal、乳用肥育牛138kcal、輸入114kcalです。
- 牛肉の部位は全部でいくつありますか
- 物差しによって変わります。流通のための牛部分肉取引規格は13部位、栄養を示す日本食品標準成分表は9区分です。規格はネックとすねを立て、成分表はうちももとしんたまを「もも」にまとめています。
- トモサンカクはどこの部位ですか
- 大腿筋膜張筋です。牛部分肉取引規格の本文に「大腿筋膜張筋(とも三角)」と併記されており、ともばらを分離するときの目印として使われています。希少部位の中では珍しく、公的文書まで実体をたどれる部位です。
- ツラミは規格の13部位のどれですか
- どれにも入りません。牛部分肉取引規格が対象にするのは半丸枝肉を分割したもので、13部位に頭部は含まれないためです。ツラミは頬の肉で、成分表にも牛の頭部の収載はありません。
- 希少部位は必ず美味しいですか
- 希少さが指しているのは1頭から取れる量であって、味や柔らかさではありません。脂の量は取れる区分によって大きく変わるため、好みに合うかどうかは別に確かめる必要があります。
まとめ
希少部位という呼び名に公的な定義はありません。牛肉の部位を公的に定めているのは、流通のための牛部分肉取引規格の13部位と、栄養を示す日本食品標準成分表の9区分の2つで、どちらにもミスジやイチボといった名前は出てきません。収載があるのはランプだけです。
そのためネット上の「◯◯のカロリー」は、必ず大きな区分の値を当てはめた数字になります。しかもその値自体、和牛と輸入で1.50倍から2.42倍ちがいます。名前ではなく、どの区分から切ったか、品種はどれか、脂身をどこまで落としてあるかの3つで確かめてください。

